かもとかち

自分と対話します。

人生記録 その4

 小学校に上がってからも集団行動には馴染むことができなかった。それ以前に、決まった時間に決まったことをしなくてはいけないことがどうにもうまくできない。面倒でよく仮病を使っては学校をサボっていた。それでも不登校というわけではないのだからこの時から既に半端者だったなぁと改めて思う。

 その頃住んでいた場所は田んぼに囲まれた田舎で、狭い2階建ての一室、恐らく社宅のアパートだったんじゃないかな。当時はなんとも思っていなかったけど、一時期は3階建て一軒家に自家用車もあったので結構経済的に危うくなっていたのかもしれない。
 とまれ、そのアパートには同年代のこどもがたくさん住んでいて、学校よりもそのアパートのこどもたちとよく遊んでいた。学校に居場所がなくても家には友達がいるのは本当に良かった。
 アパートは2号館の二つに別れており、僕ら家族は奥側のほう号の一番手前の一階に住んでいた。その上には一番遊んだ高橋兄弟が暮らしていて、二階の奥のほうには同級生の亀田が住んでいた。
 高橋兄弟の二人は不思議な関係だった。兄の正吾は弟の仁の二つ年上であり、僕はその丁度間に入る形で年齢が並んでいた。正吾>僕>仁という年齢順と書けば分かりやすいだろうか。僕はこの二人に出会うまで兄のほうが強いものだと思っていたのだが、どうやら真逆のケースも存在したらしい。とにかく正吾は仁のいいなりで見た目も太っていたし、卑屈なやつだった。逆に仁は運動がよくできて体もがっしりしていて行動力があるリーダーシップを持っていた。仁は僕を気に入っていたらしく、よく野球だとか色々な遊びに連れていってくれた。こどもの遊びは人数が多いのが楽しいから正吾もいやいやながらよくついてきていた。
 当時はポケモンが空前の大ヒットで僕たちはポケモンの話ばかりをしていた。悲しいことに田舎なものだからポケモンのアニメは住んでいた地区ではテレビで放送されていなく、レンタルビデオショップに並ぶまでアニメを観ることができない。当然他のこどももポケモンのアニメ観たさにレンタルがスタートした途端、我先にと借りていくので手に入れることができたものは勇者だった。そのときはよくみんなで集まって観賞会をしていた。
 ある時放送されている地域に住んでいた従兄弟がビデオにポケモンのダビングをしていて、貸してもらえることになった。レンタルビデオはリアルタイムで放送しているものよりも時差がかなりあって、1ヶ月先の放送内容が記録されていた。あのときは毛嫌いされていた正吾にも感謝されたのを覚えている。ちなみに上に亀田の存在を書いたが仲が良かったのは最初だけで学校で立場が弱いとわかるとかなり威圧的な態度をとられるようになったので、それを見て仁が亀田をぼこぼこをしていたのを覚えている。そこまでしてくれる必要はなかったのに、何故そこまで僕のことを気に入ってくれたのだろう。ガキ大将だからかよく年下なのを忘れてしまうほどだ。
 
 話は少し変わってアパート手前側の号の一階に中村姉妹が住んでいた。姉の方は少し変わっていて正吾と同い年、顔はわりと整っているのに虫を食べたりしゃべり方が独特だったりと、学校でも学年が違うのに噂になるくらいには不思議ちゃんだった。変わって妹のともかは穏やかな性格をしていて、見た目もたれ目で幼い純粋な子だった。年齢は僕の二つほど下でこの子もえらくなついてくれていた。
 ともかとはよく二人で遊んだものだ。一緒に虫取をしたりモンシロチョウを育てたり、カブトムシを譲って貰ったり、スイカを食べたりした。おままごとがしたいといわれたので付き合った。僕もロールプレイングは大好きだ。親同士も交流があったらしく、ある日お兄ちゃんと絶対結婚すると言われた。僕も一緒にいて楽しいからそう言われると嬉しかった。
 ただ、成長して小学三年生も過ぎた辺りにもなると、年下の女の子と二人で遊んだりするのはからかわれる原因になるらしい。高橋兄弟や亀田との付き合いもあったし、ともかと過ごすのがだんだん恥ずかしくなってしまった。
 徐々に距離を取っていたら、ともかからよく遊ぼうと家にベルが鳴る。そのたびに無視していたけれど、ある日みんなの前でともかを呼び出してはっきりと迷惑だから近づくなと言った。彼女はひどく傷ついてしまい大嫌いだと泣きながら去っていった。
その後すぐに両親が会社を辞めてしまい、また引っ越しと転校をすることになる。結局ともかにはひどいことをしまった。年頃でただ女の子といるのは恥ずかしいことだと思い込んでしまう年だったんだ。

 こうして田舎の牛が横切ったりするようなところから、家から外を覗けば通天閣が見える都会に暮らすことになった。