かもとかち

自分と対話します。

人生記録 その3

 新しい幼稚園は慌ただしかった。
 広さ自体は前とさほど変わらないのに児童の数が前の場所と比べ3~4倍ほども多い。さらにその1クラスだけではなく、りぼん組だとかひまわり組だとかで複数にクラス分けがされている。何をするにもペースがあまりにも違い過ぎて、小学生にすらならない段階でぼくはすでに人生に嫌気が差してしまった。
 お昼の休憩時間になると、ドドドと園児たちが外で暴れ始める。途中入園したうえに普通の子とは少し違った僕は当然のように浮いてしまった。部屋の隅っこでコンセントばかりをいじっていたら、それを見かねて保育士の人がお友達になってあげてと僕の手を掴んで幼稚園中に演説をしはじめた。あのときは本当に消えてしまいたい惨めさを幼いながらに感じた。

 そしてまた、親の都合により引っ越しをすることになった。最近知ったのだがその頃の両親は店を構えたり自己破産したりとかなり忙しかったようだ。確かに構ってもらえた記憶があまりない。

 次の新しい幼稚園でも同じ、窮屈さの一言でひどく落胆したものだ。前よりひどいのは園長先生に目をつけられてしまったことである。何をするにもトロいので、他のみんなは遊んでいる中、居残りをよくさせられていた。ぼくは左利きなのだけど、文字や絵を描くときは毎回右で書くように言われ、当然書くのは遅くなる。そのたびに愚痴愚痴とお説教をされていた。おかげで今は右で文字も絵も描けるようになった。その代わり左では描けなくなってしまった。その後の人生で僕は美術の道に進むのだけど、もし左のままで描いていたらもっとストレスなく絵が描けたんじゃないかとたまに思う。父も姉も文字は右で書いていたが、絵は左手で描いていた。器用なものだ。

 卒園式が迫ったころにようやく気づいたのだが、ぼくはここまで結局友達らしい友達ができなかった。最初の人数も少なく優しかった幼稚園ではみんなが仲が良かった。あそこではみんながズレていたからよかったんだ。すし詰めでも楽しそうにゲラゲラと笑う他の園児たちとはもう、自分はあまりにも違いすぎる。違う自分が恥ずかしいと思った。それに気づいてからはもう、心を閉ざしてなるべく目立たないように過ごした。3つ違う幼稚園を経験したが、いつかは誰もが気づく、縦社会のようなものにこの齢で理解してしまった。そして自分は恐らく下のほうに分類されていることにも自覚した。
 結局この時の体験で、今後の生き方にひどい思い込みと刷り込みがされてしまったのだと思う。世間体という名の魔物に取り憑かれてしまった。