かもとかち避難所

自分と対話します。

卒業できたので、初投稿です。

漫画史概論2保留課題      

 電子書籍青空文庫を読み始めました。青空文庫とは著作の切れた小説などをWEB上で公開しているもので、例えば中高生時代の授業で参考にされたような作品を無料で読むことができるサービスです。私は作品の媒体に拘りがなく、楽しいものと評判のものにはなるべく手を出しているのですが、勉強嫌いが祟ってしまい、どうにもお札にご尊顔の載るような方々の作品には手が出せずにいました。作品名や概要は知っていても、それは授業のため勉強のためであり、仕方がなく得た知識程度であったのです。
 夏目漱石の坊ちゃん。
 読んで衝撃を受けました。すらりすらりと頭に文字が入ってくるのです。情景が浮かんでくるのです。昔の小説は難しいと、読みづらいと、そう決め込んで構えていたものが、一気に読み込んでしまっていたのです。こういったことは小説ではおろか、漫画でさえも合間、合間を挟んで読むような人間ですので、さすがは昔の千円札を背負って立っていた人物なだけはあるなぁと感服いたしました。
 ですがなるほど、よくよく考えれば読みやすくて当たり前のことなのです。今でこそ読書は知的なものであると世間一般に認識されておりますが、これらが執筆された当時では現在のように読み書きのできるほど教育が発展しておらず、かつそういった人々に向けて書かれた大衆向けの文であり、勉学のためではなく娯楽作品として製作されたものなのです。
 楽しいと思えるもの。それらは時代を超えて教養に形を変えてもなお、変わらないものであるのです。
 前置きが長々としてしまいましたが、これは漫画でも同じことが云えることでしょう。漫画文化は日々発展し、恐らく手塚治虫がぶいぶいと手腕をふるっていた当時の人々は、まさか大学で漫画を専門とした研究が行われると思っていた人は少ないのではないでしょうか。考えていた人がいても、口にすれば一蹴されるほどに馬鹿馬鹿しいと思われたに違いません。ですが今現在、こうして漫画の歴史を学ぶという授業があります。それは漫画の歴史がそれほど蓄積されてきたものであり、恐らく商業娯楽のみに非ず、将来的には夏目漱石のようにF不二雄先生がお札に顔を載せる日がきても私はなんら不思議なことではないことであると思っています。

 歴史とは人類の軌跡です。当時を生きた人々の証なのです。それらは語り継がれ、保存されなければなりません。それだけでも私はこの漫画文化を大学で学ぶということは必要なことであると考えています。
 (試験受けましたが保留になりました)

 

当時、2014年5月27日 テーマ『この授業の必要性を明記しなさい』